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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)11084号 中間判決

原告

籔谷義清

外三名

右四名訴訟代理人

日野和昌

外四名

被告

ザ・ボーイング・カンパニー

右代表者社長

テイー・エイ・ウイルソン

右訴訟代理人

トーマス・エル・ブレークモア

外五名

主文

原告らの本件訴えに関する被告の本案前の主張は理由がない。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告籔谷義清(以下、原告義清という。)に対し金七〇〇万円、同籔谷悠紀子(以下、原告悠紀子という。)に対し金三〇〇万円、同籔谷亜津子(以下、原告亜津子という。)に対し金七〇〇万円、同籔谷浩至(以下、原告浩至という。)に対し金八〇〇万円および右各金員に対する昭和四一年四月一日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。との判決ならびに仮執行の宣言

二  被告の本案前の抗弁

1  本件訴えを却下する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告義清は、亡籔谷義太郎(以下、義太郎という。)の父、同悠紀子は、義太郎の養母、同亜津子は、義太郎の妻、同浩至は、義太郎の嫡出子であり、被告は、ボーイング七二七旅客機JA八三〇二(以下、本件航空機という。)を製造した者である。

2  本件事故の発生

北海道千歳空港を昭和四一年二月四日一七時五五分に離陸した全日本空輸株式会社所属の羽田行第六〇便旅客機である本件航空機は、同日一九時ごろ、北緯三五度三一分四二秒、東経一三九度五五分五五秒附近の東京湾上(羽田沖)に接水して、海中に没するという事故(以下、本件事故という。)を起こした。そして、本件事故により、同機の乗客であつた義太郎は、同日一九時五分ごろ、同所附近において死亡した。

3  本件事故の発生の経過

本件航空機は、昭和四一年二月四日一八時四八分ごろ銚子上空を高度二万六〇〇〇フイートで通過した後、毎分二〇〇〇フイートないし二三〇〇フィートの降下率で下降し、東京VOR通過直後の同五六分五〇秒ごろ、東京アプローチ(東京ターミナル・レーダー管制所)から一万フイートを維持するようにとの指示を受け、オビツポイントへ向けて南下した。ところが、同機は、同五八分三七秒、東京アプローチに対し計器飛行方式(TFR)を取り消した旨通報したうえ、東京アプローチから江戸川ポイントへ向うようにとの指示を受けて、江戸川河口に向つて右に旋回し、ついで、同五九分〇一秒には、東京タワー(東京国際空港管制所)に千葉上空を通過したことおよび有視界飛行方式(VFR)によつて着陸することを告げたうえ、東京タワーから滑走路三三Rへの右旋回によるベース・レグの時を報告するようにとの指示を受けて旋回したが、当時の高度は約一九〇〇フイートで、速度は三三〇ノットないし三五〇ノットであつた。そして、同機は、その後ほぼ水平に近い状態で飛行し、一九時〇〇分二〇秒ごろ、「ロングベース・ナウ」との通報をした直後に(その時の同機の速度は、二五〇ノットあるいはそれ以下であり、高度は、一五〇〇フイートであつたと推定される。)、高橋機長が減速のためにブレーキ・レバーを引いたところ、フライトスホイラーのみならず、グラウンドスホイラーが突然に開いたため、同機は、極端な機首下げ回転をすることになつたが、当時あまりにも低飛行をしていたため、エンジン推力を増して姿勢を立て直すことができなかつたのみならず、同機長が反射的に操縦捍を引いたところ、逆に著しい機首上げの状態となるに至つた。しかも、本件航空機の機体の形が後退翼であること、操縦性が過敏であること、および主翼が翼端失速型であることなどの特性が加わつて、同機の機首上げの傾向が一層増強され、極めて短時間のうちに全面的な失速状態に陥つた。

本件航空機は、この失速により、第三エンジンにエンジンストールが、続いてフレームアウトが起こり、さらに自発点火(爆発)によつて燃焼ガスが噴出すると同時に、突然大きな左偏ゆれ角加速度を受けて、大振幅のダッチロールに陥り、かくして、同機は、左偏ゆれ角速度を伴う左横すべりをしながら、胴体後部を水面に打ちつけ(以下、第一接水という。)、また、右爆発によつて、同エンジンのテイルパイプの変形、外筒のねじれ、挫屈、前上コーンボルトの切断等が生じた。なお、第一接水の地点は、R点(北緯三五度三一分四二秒、東経一三九度五五分五五秒のP点から磁方位八〇度の方向五〇〇メートルの地点)のやや手前である。そして、この第一接水の結果機体は、左偏ゆれ角速度を増すとともに、水の抵抗で減速され、また、胴体後部が水の衝撃力で押し上げられ、すでに前上コーンボルトの切れていた第三エンジンが斜め右前方に三〇〇メートルも飛び出した。さらに、その直後に、機体が左偏ゆれの回転をしていたため、機首が左前下方に向つて海面にたたきつけられて、機長が座席とともに左前方に投げ出され、また、主翼取付け部の直前と直後の胴体上部外板が破壊されて脱落した。続いて、本件航空機は、R点付近で跳躍し、途中で主脚を落して、Q点(P点から磁方位八〇度の方向二〇〇メートルの地点)の手前で右横すべりの状態のまま二回目の接水をし、その際、第二エンジンが脱落した。そして、最後に、小さな跳躍をして、右旋回の水平キリモミ状態でP点のやや南方に接水して、飛散するに至つた。

4  本件事故の原因

本件事故は、以下の各原因が重なつたために生じたものである。

(一) 本件航空機を操縦していた高橋機長が減速のためにブレーキレバーを引いたところ、シャット・オフ・バルブ操作機構および主脚ベアリングの欠陥により、空中で開いてはならないグラウンドスホイラーが空中で突然開いたため、同機が著しい機首下げの回転をするに至つた。

(二) 本件航空機は、機体の形が後退翼で、主翼が翼端失速型であるうえ、操縦性が過敏であるなど、失速状態に陥りやすい特性を備えているため、同機が機首下げ回転の状態から操縦捍の操作によつて機首上げの状態になつた際、機首上げの傾向が増強され、極めて短時間のうちに全面的な失速状態に陥つた。

(三) 本件航空機を運航していた全日本空輸株式会社は、経費の節約を図るため、安全性を無視して、パイロットに、計器飛行をせず、本件飛行のように飛行コースを短絡して、有視界飛行とすることを許していた。

(四) 本件航空機を操縦していた高橋機長は、本件事故現場附近に到達する前に、異常な低空飛行をしていたため、前記のような機首下げの状態になつた際、高空であれば失速することなしにとりえたはずの姿勢回復の措置をとることができなかつた。

5  被告の責任

本件事故は、前事のおとり本件航空機の欠陥も原因となつて惹起されたものであるから、本件航空機を製造した被告は、その製造者として、民法第七〇九条または第七一七条により、義太郎の死亡によつて同人およびその親族である原告らが被つた損害を賠償する責任がある。

6  損害

(一) 義太郎の逸失利益

義太郎は、本件事故の当時二六才の健康な男子で、株式会社松住屋の取締役営業部副部長の職に就いていた者であつて、本件事故にあわなければ、少なくとも六九才まで生存し、六〇才に達するまで稼働することができたのであり、その間、右会社の営業部長、常務取締役、専務取締役を経たうえ、本件事故の発生時から一〇年後には父である原告義清の後を継いで同社の代表取締役に昇進することにより、それぞれの地位に応じた収入を得ることができるはずであつた。そして、その間における義太郎の生活費は、多くても収入の三割五分程度であるから、収入の六割五分が同人の失つた得べかりし利益になるというべきである。そこで、義太郎の六〇才に至るまでの毎年の収入を、義太郎の死亡当時課長であり、その後さらに昇進した山口昭次の収入および原告義清の現在の収入から推測したうえ、これから生活費を差し引いた金額が当該年度の末日に入手されるものとして、昭和四一年四月一日現在におけるその総計の一時払額を、年毎ホフマン式計算方法に従い民法所定の年五分の割合による中間利息を控除して計算すると、義太郎の失つた得べかりし利益の金額は金五八八三万円となるから、同人は右金額相当の被告に対する損害賠償請求権を取得した。したがつて、義太郎の妻である原告亜津子は、その三分の一にあたる金一九六一万円の、また、義太郎の嫡出子である原告浩至はその三分の二にあたる金三九二二万円の被告に対する損害賠償請求権を、それぞれ相続によつて承継取得したことになるというべきである。

(二) 慰謝料

原告らが義太郎の死亡によつて受けた精神的苦痛ははかり知れないほど大きいものであるが、これを金銭に見積つた場合には、原告義清については金七〇〇万円、原告悠紀子については金三〇〇万円、原告亜津子および原告浩至については各金一〇〇〇万円を下ることはないというべきである。

(三) 弁護士費用

被告は、任意に以上の金員の支払をしないので、原告らは、東京弁護士会所属の日野和昌弁護士外五名の弁護士に対し、被告を相手として本訴を提起することを委任し、各自訴額の一割に相当する金額をその費用として支払うことを約束した。

(四) 損害の合計

以上を合計すると、原告らが被告に対して賠償を請求しうる損害の額は、原告義清については金七七〇万円、原告悠紀子については金三三〇万円、原告亜津子については金三二五七万円、原告浩至については金五四一四万円となる。

7  結論

よつて、原告らは、被告に対し、民法第七〇九条または第七一七条に基づく損害賠償として、右損害額のうち、原告義清については金七〇〇万円、原告悠紀子については金三〇〇万円、原告亜津子については金七〇〇万円、原告浩至については金八〇〇万円、および右各金員に対する本件事故発生の後である昭和四一年四月一日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。

二  被告の本案前の主張

1  日本の裁判所は本件訴えについては裁判管轄権を有しないから、本件訴えは不適法である。すなわち、本件訴えは、日本国内に営業所その他の施設を全く有しない外国会社である被告に対し、本件航空機の製造者としての不法行為責任を追及する訴えであると解されるところ、このような製造者責任(または製造物責任)を対象とする渉外民事訴訟の国際裁判管轄については、いまだ確立された国際民事訴訟法上の原則はなく、また、わが日本法上にも明文の規定がないから、結局は国際民事訴訟法の基本理念としての条理によつてこれを決定しなければならない。そして、今日の国際民事訴訟法の一般的傾向として、本件のような人身損害に関する賠償を求める訴訟においては、単なる事故発生地は国際裁判管轄の連結点として取り上げられないのが原則であり、このことは、いわゆる一般間接管轄権に関して一九六六年四月二六日ハーグ国際私法会議において採択された「民事及び商事外国判決の承認並びに執行に関する条約案」からもうかがわれるところである。もつとも、右の原則に対する例外として、単なる事故発生地であつても、当該事故発生地での裁判管轄権を否定することが被害者に対する救済の道を事実上全く閉ざすことになつたり、また、その裁判管轄権の否定が明らかに有責と認められる加害者の損害賠償責任を事実上免れさせることになつたりするなどの特段の事情がある場合には、裁判管轄権を肯定するのが相当であるが、本件については、そのような特段の事情も認められない。

2  仮に本件のような製造物責任を追及する訴えを一種の不法行為責任と解し、その責任追及の訴えについての国際裁判管轄権の有無については、日本国の民事訴訟法第一五条第一項の規定を参酌して定めるべきであるとの立場に立つたとしても、本件訴えについては、単なる事故発生地にすぎない日本国の裁判管轄権は否定されるべきである。けだし、原告らの主張によれば、本件航空機には前記のごとき設計上および製造上の欠陥があつたというのであるから、この場合の不法行為地は、このような欠陥のある本件航空機の設計および製造がなされた土地、すなわちアメリカ合衆国であるというべきであるからである。

なお、原告らは、この点につき、右法条にいう不法行為地には、本件事故発生地たる日本国も含まれると主張するが、仮に一般論として、不法行為地には結果発生地が含まれると解する余地があるとしても、本件の場合には、以下に述べる事情により、これを否定的に解すべきである。すなわち、結果発生地を不法行為地に含めることの実質的意味は、被害者の保護および証拠収集の便宜にあると解されるが、そのことは、加害者とされた者に対しては逆に負担を課することになるのであるから、結果発生地を不法行為地に含めることにより被害者に対して与えられる保護および証拠収集の便宜と比較して、加害者に対して過重な負担を強いることになる場合には、結果発生地の裁判管轄権を否定すべきである。そして、本件についてこれをみるに、被害者の立場にある原告らの保護という観点からすれば、原告らは、航空運送サービス契約の相手方である全日本空輸株式会社を被告として、日本の裁判所に訴えることにより救済を受けることができるのであり、この事実と、本件航空機の設計および製造がなされた土地であるアメリカ合衆国においてこそ証拠収集の便宜が大であるという事実とを合せ考えると、本件においては、結果発生地を不法行為地に含めることの実質的意味は存在しないといわなければならない。

3  仮に以上の主張が理由がないとしても、原告らは、本訴について日本の裁判所が裁判管轄権を有することの根拠である、日本国が不法行為の結果発生地である事実を立証しなければならないところ(なお、外国法人たる被告としては、本案の当否を争つて理由のない訴訟に勝訴する利益を有するほかに根拠の薄弱な原告らの立証に基づいては、日本国の裁判権に服しないという利益をも有しているものというべきであるから、国際裁判管轄権の有無を決定する場合には、国内の管轄決定の場合に比して、その管轄権取得の根拠である事実についての立証はより高度でなければならないと解すべきである。)、原告らは、その根拠である事実についていまだ立証するに至つていないから、日本の裁判所は本件訴えについては裁判管轄権を有しない。

三  被告の本案前の主張に対する原告らの主張

1  本件訴えに対する日本の裁判管轄権の有無は結局国際民事訴訟法の基本理念としての条理によつて決定されなければならないことは、被告の主張するとおりであるが、不法行為に基づく損害賠償請求訴訟においては、加害行為のあつた国の裁判所が当該行為に基づく損害賠償請求訴訟について裁判管轄権を有することは当然である。そして、本件航空機の製造者としての被告の不法行為責任を追及する本件では、被告の加害行為は、本件航空機の製造によつて終了するものではなく、欠陥のある本件航空機が航行している間継続していたと解すべきであるから、わが国は、まさにその加害行為地に該当するのであつて、単なる結果(事故)発生地にすぎないものではない。

2  仮に右主張が理由がないとしても、以下に述べるとおり、わが日本国は本件訴えについて裁判管轄権を有するものというべきである。すなわち、不法行為における単なる結果発生地にすぎない国の裁判管轄権を否定する考え方の根拠は、加害者が全く予測しない国において応訴を強制されるのは不合理であるということにあるが、本件においては、被告の製造した航空機は全世界を航行しているのであるからその製造した航空機による事故の発生が被告にとつて全く予測できない国というものは存在しない。ことに、わが国では、被告の製造にかかる航空機が多数運航されているのであるから、被告製造者責任がわが国において追及されるとしても、決して被告の予期することのできない国において応訴を強制されることになるものではない。他方、もしわが国の裁判所に本件訴えの裁判管轄権が認められないとすれば、本件事故による被害者たる原告らは、自己と何らの関係もないアメリカ合衆国において裁判をしなければならず、それに要する費用と労力とは莫大なものになることを考えると、資力のない一市民にすぎない原告らは、被告に対する訴訟を事実上断念せざるをえなくなるが、その結果としては、巨大な資本を有して航空機を製造し、これらを世界的規模で販売して巨額の利益を得ている被告が事実上損害賠償責任を免れ、その反面、被害者たる原告らが救済の道を閉ざされてしまうことになるのであつて、このようなことは、国際民事訴訟法の基本理念たる公平の原則に著しく反するというべきである。

さらに、不法行為による被害者の保護および証拠収集の便宜等の観点からみても、本件訴えについては、わが国に裁判管轄権を認めるのが合理的である。

第三  証拠関係〈略〉

理由

一被告は、アメリカ合衆国ワシントン州法に基づいて設立された、同州に本店を有する、いわゆる外国会社であり、日本国内には営業所またこれに類する施設を有しない者であることは、弁論の全趣旨に照らして、明らかである。そして、本件訴えは、日本国内に住所および居所を有する日本人である原告らが、右のような外国会社の被告を相手として、被告がアメリカ合衆国内で製造した本件航空機に欠陥があつたことにより本件事故が発生し、その結果、原告らおよびその被相続人が損害を被るに至つたと主張して、その損害の賠償を求めるものである。

ところで、被告は、本案前の抗弁として、日本の裁判所は右のような訴訟については裁判管轄権を有しないと主張するので、以下、この点について判断する。

二まず、本件訴えの訴訟物は、原告らの主張内容からして、いわゆる製造物責任(または製造者責任)に基づく損害賠償請求であると解せられるが、このような製造物責任の法的性質については、これを不法行為責任と解する説、契約責任と解する説など各種の見解が存在しており、いまだ定説と目すべきものはない。しかし、この法的性質は、およそ商品の製造によつて利益を得る者はその製造した商品によつて他人に与えた損害を賠償すべきであるという、いわゆる報償責任としての性質と、当該商品自体に内在する欠陥によりこれを利用する者の生命・身体等に危険を及ぼすおそれのある商品を製造した者はその欠陥によつて他人に与えた損害を賠償すべきであるという、いわゆる危険責任としての性質との両者を包含する一種の不法行為責任であると解するのが相当である。

三ところで、このような製造物責任に基づく損害賠償請求を対象とする渉外民事訴訟の国際裁判管轄については、いまだ確立された国際民事訴訟法上の原則はないし、また、わが日本国にも成文法上の規定はない。したがつて、日本の裁判所が本件訴えについて裁判管轄権を有するか否かは、原・被告双方が主張するように、国際民事訴訟法上の基本理念としての条理に基づいて、これを決定するほかなく、また、そのようにしてこれを決定するのが相当である。そして、このことをさらに具体的に敷衍すれば、本件訴えにつきいかなる国の裁判所に裁判管轄権を認めるのがその裁判を適正・公平かつ能率的に行うのに最も適しているかということを充分に考慮するとともに、わが国内民事訴訟法上の土地管轄に関する規定をも参酌して、これを決定するのが相当である。けだし、裁判を適正・公平かつ能率的に行うということは、国内民事訴訟のみならず、国際民事訴訟にも通じる裁判一般についての基本理念であるというべきであるし、また、わが国内民事訴訟法の土地管轄に関する規定は右基本理念の一具現であると解することができるところ、国際裁判管轄権の決定の問題も、裁判権の場所的な分配に関する問題であるという点では、わが国内における裁判所間の土地管轄の決定の問題と、本質的に異なるものではないからである。

四1  そこで、まず、わが国内民事訴訟法上の土地管轄に関する規定をみるに、製造物責任の法的性質を前記のとおり一種の不法行為責任であると解するのが相当であるとすれば、本件訴えについて参酌されるべき規定は同法第一五条第一項であるというべきところ、同項は、「不法行為ニ関スル訴ハ其ノ行為アリタル地ノ裁判所ニ之ヲ提起スルコトヲ得」と規定しているが、この規定の趣旨は、本件訴えの国際裁判管轄権の決定の問題についても、原則として妥当するものと解すべきである。

2  そこで、被告が製造した本件航空機による本件事故の発生につき、わが日本国が「不法行為アリタル地」すなわち不法行為地に該当するかについて検討するに、いわゆる加害行為地が不法行為地に含まれることは異論のないところ、原告らは、被告による本件の加害行為は、本件航空機の製造が完成した段階で終了したと解すべきではなく、欠陥のある本件航空機が航行している間継続していたと解すべきであるから、その航行中に本件事故の発生した土地の属する日本国も不法行為地に該当すると主張している。しかしながら、原告らの右解釈は、不法行為における加害行為の概念を不当に拡大して解する独自の見解にすぎないというべきであり、したがつて、原告らの右主張は採用することができない。

3  よつて、さらに、本件事故の発生した土地すなわちいわゆる結果発生地であるにすぎない日本国が本件の不法行為地に含まれるかについて考察するに、本件事故による被害者の保護およびその事故に関する証拠の収集の便宜等を配慮し、裁判を適正・公平かつ能率的に行うという観点からすれば、これを肯定的に解するのが相当である。たしかに、被告の主張するように、結果発生地が加害者の全く予測しえないような隔絶した土地であつて、加害者がその土地で提起された訴訟に応訴しなければならないことによつて被る不利益が、その土地を不法行為地に含めその土地で裁判を行うことによつて得られる被害者の保護および証拠の収集の便宜等の利益に比して、著しく大である場合には、公平の観点から、その結果発生地を不法行為地に含めるのは相当でないとも考えるられ。しかしながら、本件事故については、その加害者とされている被告が全世界を自由に航行しうる航空機の製造等を業とする大資本の会社であり、しかも、その製造にかかる航空機が日本国内においても多数運航されていることは公知の事実であること、および航空機に欠陥がある場合における人命事故等の発生は航空機の性質上不可避なものであることからして、本件事故の結果発生地である日本国が被告の全く予測しえない隔絶した土地であるとは到底いえないのであり、したがつて、その結果発生地を不法行為地に含め、日本の裁判所に本件訴えの裁判管轄権を認めるとしても、被告に格別不当な不利益を強いることになるものではないというべきである。

4  右3の点に関連して、被告は、原告らは、本件事故による損害につき、日本の法人である全日本空輸株式会社を相手として、日本の裁判所に賠償請求の訴えを提起することにより、救済を受けることができるのであるから、ことさらに被害者の保護を強調して、本件事故の結果発生地にすぎない日本国も本件の不法行為地に含まれると解することにより、日本の裁判所に本件訴えの裁判管轄権を認めるのは合理的でないと主張している。しかしながら、原告らが全日本空輸株式会社を相手とする訴えのみにより本件事故による損害の救済を受けることができるか否かはいまだ明らかでないのみならず、国際裁判管轄権の決定に関して被害者の保護というのは、あくまでも当該の原告らと被告との間の問題として考えるべきものであるから、右の点に関する被告の主張は理由がないというべきである。

5  さらに、被告は、日本国が本件事故による不法行為の結果発生地であるとして、日本の裁判所に本件訴えの裁判管轄権があることを肯定するためには、その前提として、原告らにおいて、日本国が本件事故による不法行為の結果発生地であること、すなわち被告の製造した本件航空機に欠陥があつたことによつて日本国内で本件事故が発生したことを立証しなければならないところ、原告らはいまだこの立証を尽くしていないと主張する。しかしながら、裁判管轄権の有無を判断する段階では、右の点に関する一応の立証があれば足り、その確定的な立証までは要しないと解すべきところ、原告らの提出した甲第一六号証(なお、この成立については、当事者間に争いがない。)によれば、右の点に関する一応の立証があつたものということができるから、被告の右主張も理由がないというべきである。

6  以上のように、わが国内民事訴訟法の土地管轄に関する規定を参酌して判断すれば、本件訴えについては、日本の裁判所も、本件事故による不法行為の結果発生地の裁判所として、裁判管轄権を有するものと解するのが相当である。

五1  そこで、さらに、本件事故に関する証拠の収集の便宜および本件訴えの裁判を日本の裁判所で行う場合における当事者双方の利害をも比較考量して、右のとおり日本の裁判所に本件訴えの裁判管轄権を認めることが、裁判を適正・公平かつ能率的に行うという裁判一般についての基本理念に照らし、相当なものであるかについて考察する。

2  まず、本件事故に関する証拠の収集の便宜についてみるに、本件事故の発生原因およびその事故による損害に関する証拠は、被告が本件航空機を製造したアメリカ合衆国においても、また、本件事故が発生した日本国においても、これを収集する必要があるというべきであり、しかも、現段階では、右両国のうちのいずれの裁判所で証拠調べを行うのが本件の裁判を適正・公平かつ能率的に行ううえにおいてより便宜であるかを決定することは困難である。

3  次に、本件訴えの裁判を日本の裁判所で行う場合における被告の利害についてみるに、被告は、本件訴えの裁判が日本の裁判所で行われる場合には、それがアメリカ合衆国の裁判所で行われる場合に比し、より多くの費用と労力とを支出しなければならないことが予想される。しかしながら、被告は前記のとおり航空機の製造等を業とする大資本の会社であつて、被告がその製造等によつて得る利益は、本件訴えの裁判が日本の裁判所で行われる場合に要する費用に比して、はるかに大きいものであることが推測されるから、本件訴えの裁判を日本の裁判所で行うことは、被告に対して、それほど不当な不利益を強いるものではない。

4  これに対し、原告らの利害についてみるに、仮に本件訴えの裁判が日本の裁判所で行われず、アメリカ合衆国の裁判所で行われるとすると、その裁判の追行に要する原告らの費用と労力とは莫大なものになると予想されるところ、弁論の全趣旨によれば、原告らはいずれも被告に比して資力の乏しい単なる一市民にすぎないのであり、とくに原告亜津子および同浩至は、無資力のため、さきに当裁判所において、訴訟上の救助を付与する旨の決定まで受けていることが認められるから、このような原告らが被告に対して本件事故による不法行為の責任を追及することは事実上不可能になると推測される。したがつて、原告らにとつては、本件訴えの裁判を日本の裁判所で行うことの利益と必要性はまことに重大である。なお、この点に関しては、一般に不法行為を理由とする損害賠償請求訴訟においては、被害者の保護をまず第一に重視しなければならないことを想起すべきである。

5  以上に考察したところからしても、日本の裁判所に本件訴えの裁判管轄権を認めることは相当である。

六よつて、日本の裁判所は本件訴えについて裁判管轄権を有しないという被告の本案前の主張は、結局理由がないというべきであるから、当裁判所は、中間判決として、主文のとおり判決する。

(奥村長生 平手勇治 及川憲夫)

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